前回、インプラントの手術リスクと安全性についてコラムで解説しました。今回は、インプラントの手術後についてお話ししましょう。
実はインプラント治療においては、上部構造という被せものの噛み合わせが、予後(術後の経過や状態)を大きく左右します。
「インプラントの噛み合わせを、適切に保てるように調整すること」はインプラントのスクリュー部分の埋め込み手術と同じくらい、もしくはそれ以上に大切と言っても過言ではありません。
今回は、なぜインプラントの噛み合わせ調整が重要なのか、詳しくご説明します。
まず歯根膜の働きを理解しましょう
さて、インプラントの噛み合わせの重要性をお伝えする前に、まず歯根膜(しこんまく)について理解しておく必要があります。インプラントの噛み合わせ調整が重要になる大きな理由は、この歯根膜にあるからです。
歯根膜とは?
歯根膜は歯の根の部分を覆う線維性の組織で、歯と歯槽骨を結びつけています。歯根膜は、自然に生えている歯には存在しますが、インプラントにはありません。厚みは0.3ミリ程度と大変薄いのですが、歯にとって大切な役割を担っています。
歯根膜の役割
咬合圧(こうごうあつ)を受け止める
咬合圧(こうごうあつ)とは、上下の歯を噛み合わせた時に歯に加わる力のことです。普段、我々は意識せずに歯を噛み合わせていますが、噛み合わせた際に生じる力はとても大きく、歯に加わる咬合圧も大きなものなのです。
歯根膜はとても薄い組織ですが、咬合圧を受け止めるクッションのような役割を持っており、噛み合わせの力を受け止め、咬合圧が骨に直接伝わらないようにしています。
咬合圧のセンサー
皆さんも食事をした際に、「歯ごたえ」や「噛みごたえ」を感じたことがあると思います。この「歯ごたえ」や「噛みごたえ」をどこが感じているのかというと、これも歯根膜なのです。
歯根膜には咬合圧を検知する神経が来ていて、食べ物を過度な力で噛み合わせないよう、脳に伝えていると考えられています。歯根膜は、咬合圧を知るためのセンサーとしての役割も持っているのです。
開口反射と閉口反射
小石や砂などを誤って噛んだ時などに、お口が急に開いた経験はありませんか?これは異物を吐き出すための開口反射(かいこうはんしゃ)という反射なのですが、歯根膜はこの反射を起こすメカニズムも担っています。
また閉口反射(へいこうはんしゃ)は、食べ物を噛む時に、テンポ良く咀嚼を行うための反射のことで、こちらも歯根膜が関係しています。
歯根膜がある自然の歯と歯根膜がないインプラント、どんな違いが?
歯根膜の大切な役割をお伝えしたところで、歯根膜がある自然の歯と、歯根膜がないインプラントを比べてみましょう。
沈下の有無
歯根膜がある自然の歯では、強く噛み締めると、わずかですが沈み込み、噛み合わせの力を受け止めます。
一方、インプラントはそうではなく、どんなに強く噛んでも沈み込みません。強く噛み締めた時、インプラントに噛み合わせの力が集中してしまいます。
横方向のあそびの有無
先ほど、歯根膜は咬合圧を受け止める効果があるとお話ししました。そして歯根膜は、噛み合わせた時に生じる垂直方向の力へのクッション効果だけを担っているのではありません。
食べ物を噛む時は、水平方向にも歯を少し動かすため、噛み合わせの力は、歯の横方向にも加わります。
歯根膜がある自然の歯は、横方向にも「あそび」があるので少し動きますが、インプラントは横方向にもしっかり固定されています。横方向への動きやすさは、自然の歯の方がインプラントより8〜20倍もゆとりがあるのです。
このため、横方向に加わる噛み合わせの力も、インプラントは自然の歯以上に強くかかることになります。
感覚の鋭敏さ
これもお伝えしたように、歯根膜がある自然の歯は、歯根膜が咬合圧のセンサーとして働くので、過剰な咬合圧に素早く気がつきます。
しかし、インプラントには咬合圧を知る術がないので、自然の歯より咬合圧の感じ方が鈍く、過剰な咬合圧に気づくことができません。
インプラントの噛み合わせが良くない場合の影響
ではここからは、インプラントの噛み合わせが良くないと生じる様々な症状について、噛み合わせが高い場合と、噛み合わせが低い場合に分けてご説明しましょう。
噛み合わせが高い場合
インプラントの噛み合わせが少しでも高いと、次のような影響が出てきます。
骨の吸収
自然の歯と異なり、インプラントには歯根膜がないため、上下の歯を噛み合わせた時に生じる咬合圧が、インプラントから骨に直接伝わってしまいます。
噛み合わせが少しでも高いと、インプラントの周囲に咬合圧がピンポイントで加わり、インプラント周辺の骨がダメージを受けることになります。
ダメージを受けた骨は少しずつ溶かされていくため、長期的に見ると骨が減ってしまい、インプラントがグラグラ動き出す原因になります。
上部構造の破損
お伝えしたとおり、自然の歯は噛み合わせた時に歯根膜がクッションの役割を果たし、わずかに沈み込みます。
一方、歯根膜がないインプラントは沈み込むことがありません。インプラントの噛み合わせがわずかでも高いと、咬合圧がインプラントの人口歯に加わり、上部構造が破損する可能性があります。
インプラントのスクリュー部分の破損
インプラントの噛み合わせが高いと、咬合圧により、上部構造だけでなくインプラントの歯根部であるスクリュー部分が破損することもあります。
噛み合わせが低い場合
反対に、インプラントの噛み合わせが低いとどうなるのでしょうか。こちらも解説していきましょう。
噛むことができない
インプラントの噛み合わせが低いと、噛んだ時に噛み合わせている歯と接触できないので、食べ物を噛むことができません。
噛み合わせている歯が伸びてくる
インプラントが噛み合っている歯が自然の歯の場合、噛み合わせが低いと、自然の歯の方が少しずつ伸びてきます。これを挺出(ていしゅつ)といいます。
挺出が起こる理由は諸説ありますが、歯根膜に咬合圧が加わらないこともその一つとされています。挺出した歯は、本来とは異なる位置になってしまうため、歯並びが悪くなる原因にもなります。
インプラントの噛み合わせ調整は大切
今までお話ししてきたように、歯根膜がないインプラントは、噛み合わせが悪いと様々な影響が出てきます。そのため、定期的に噛み合わせを調整することが重要になるのです。
インプラント本体を守るために
インプラントは咬合圧が集中しやすい傾向があります。噛み合わせの力が過度に集中することは、インプラントの上部構造やスクリューが破損する、言い換えるとインプラントが壊れてしまう原因になります。
インプラントの噛み合わせを適切な状態に保つことは、インプラントを長持ちさせるための基本と言えるでしょう。
インプラント周囲の骨を守るために
インプラントにかかった噛み合わせの力は、周囲の骨にダイレクトに伝わります。噛み合わせが強すぎると、過剰な咬合圧がインプラントからその周辺に伝わり、インプラント周囲の骨が溶けてしまう原因になります。
やがてはインプラントを支えられなくなり、グラグラ動き、抜け落ちてしまうかもしれません。インプラントの噛み合わせ調整は、インプラント周囲の骨を守るためにも大切なのです。
定期的な噛み合わせ調整で、インプラントを長く使えるように
歯根膜がないインプラントは、自然の歯の治療以上に、噛み合わせの調整が大切であることをご理解いただけたでしょうか。
噛み合わせが適切であればインプラントは長持ちしますが、噛み合わせが少しでも不適切だと、インプラントが壊れたり、抜けたりする原因になります。
噛み合っている自然の歯は、少しずつ動き、徐々に変化していくため、インプラントの噛み合わせも定期的に調整することが大切です。
インプラントの噛み合わせ調整は、普通の歯以上に難しいものですが、町田歯科にはインプラントの噛み合わせについても、知識や経験が豊富な歯科医師が在籍しておりますので、安心してご相談いただければと思います。